Speee vs Me

Board+で、事業づくりを実践する。…事業づくりを実践する、Board+。サービス開発から運営まで、経営に近い視座が手に入りました。

岡崎直樹 2012年入社
新卒でディベロッパー入社、その後、投資ファンドを経験。Speeeの代表に会い、一つしか年齢が違わないとは思えない、知識と視界に驚き入社。“世の中にインパクトを与える事業を生み出す”というビジョンにも深く共鳴。

たった2名での事業スタート。なにもかもを自分の手で。

 メディア事業部の新規事業立ち上げを検討すべく、Board+にアサインされたのは、Speeeに入社して2年目の頃。ここで、とことん事業づくりの方法を鍛えられました。ありとあらゆる事業フィールドを調査・考察し、これなら「勝てる」と思える事業を模索する。そんな検討の結果、不動産のジャンルで新サービスを開発することになりました。具体的には不動産売却の一括査定サイト「イエウール」の立ち上げです。スタート当初は、事業企画の私と、エンジニアのたった二人だけがメンバー。サービスをより早くスケールさせるための営業戦略を練り、自ら大手不動産会社に営業し、サイトの仕様をつくる。それらを全部、一人でこなしていきました。そして現在、組織の規模は20名ほどに。立ち上げから数ヶ月という短い時間で、ここまで事業が伸びたことは、自信にもなりましたね。業界のキープレイヤーである大手からの取引も増え、業界でのトップポジションを狙える足固めもできてきたのかな、と感じています。


Speeeの中で、起業家としての「道筋」を経験できた。

 Speeeで味わったのは、入社からたったの2年で、世の中に新しい事業を立ち上げ、利益を出すという経験。市場分析から営業までを泥臭く何役もこなす立ち上げを経験し、いまは、20人のメンバーを「背負っていく」事業責任者であり、彼らを育てるリーダーでもある。目紛しいほどの視野の広がりと、ノウハウや知識の集積をここで体験させてもらいました。まるで、起業家としての一つの道筋をSpeeeという会社の中でシミュレーションさせてもらった感覚もあります。いま、自分の財産になっていると思うのは、事業のつくり方と組織のつくり方を学べたこと。そして、チームのトップとしての「公人」としてのふるまい。さらには、不動産業界のキープレイヤーたちとの人脈や情報力。数え上げればキリがありませんが、ここで得たことは、自分にとっても、大きな財産になったと思います。私がここに転職してきたとき、「20代でどこまで視座を高められるか」をテーマにしていましたが、あの頃、期待していたよりも、いまの自分の方が、ずっと大きな成長を遂げていると思います。だからこそ、ここでもっと新しいチャレンジを続けていきたい、と考えています。


Entreに優勝、事業をリードする新入社員。…事業のつくり方を、徹底的に鍛えられる場。厳しいくせに、仲間が好きになる不思議な場。

松尾拓哉 東京大学法学部卒 2013年入社
政治で日本を良くしたいと考えていたが、シリコンバレーでスタートアップが連続的に立ち上がるのを見てベンチャーへ。Speeeを選んだのは、出会う人が全員「優秀だった」から。大手企業のSEOコンサルティングプロジェクトでも成果を残し、7期下半期の新人賞を受賞。

事業コンテストEntreで惨敗し、本気になる。

 SpeeeにはEntreという事業創造プログラムがあります。これは、コンテスト形式で行われ、かなりシビアなもの。まさに、新規事業のつくり方を自分のものにするための「道場」のような存在です。私も1年目に挑戦したのですが、その時は、「新規事業をつくりたい」というより、ただ「力をつけたい」という気持ちで。そのためか、あえなく玉砕。いま思うと、事業のつくり方そのものがわかっていなかったのですが、それがすごく悔しくて。「次は絶対、優勝してやる!」と。先輩と組んで、かなりシビアにマーケットのファクトを集め、リアルに緻密につくり込みました。すると、見事に優勝。もう、とにかく嬉しかったですね。そして、気づけたことが新規事業の構築と既存事業の推進では、まるで頭の使い方が違うこと。この違いに2年目で気づけたことも、大きかったですね。


経営陣の近くで働き、その視座に近づいてゆく。

 Speeeは、とにかくチャンスが豊富です。私は、Entreの優勝を機にBoard+という、経営陣とともに新規事業開発をするプロジェクトにアサインされ、ゴリゴリとしごかれています(笑)。当社の経営陣はみな若く、自分とさほど年齢も変わりません。けれど、何度もビジネスをつくってきた人間ばかりだから、視座は高いし、泥臭い。「ああ、これがビジネスをつくるスタンスなんだ。」と、肌で学びました。いまは、ふだんの仕事にもこのスタイルを応用しています。もともと私は官僚を目指し、その後に、事業で社会を変えたいとSpeeeを選びました。思い返すと入社当時は、「自分ひとりでなんとかしてやる」という意気込みの方が強かった。でも、いまはこの人たちと成功したい。ここで受けた刺激と出会った人の大きさが、私を少し広げてくれたんだと思います。そして、Speeeで何か成し遂げた、その先に、きっと、私らしい社会の変え方がある。それをみつけるためにも、Speeeで思う存分、仕事をしたいと思っています。


Growing 〜部署異動〜を通して、力を開花させる。…「自分の可能性を広げたい」と言っていた私がいまは、みんなの可能性を広げることに夢中です。

笹木葉子 慶応義塾大学理工学部卒 2012年入社
入社3年目にして、セールス、アカウントを経験。さらに育成担当、そして業務改善までと様々な役割をこなし、自分の可能性を広げてきた。今後は、会社全体のサービス力の向上がテーマと意気込む25歳。

コツコツと着実に取り組むことが好きな私。

 入社から1年間はSEO部門の新規セールスを経験しました。もともと「自分の可能性を広げたい」とSpeeeに入社したので、どんな仕事でも頑張るつもりでしたが、あまり前に出ていくタイプではないので「自分にできるかな?」と不安は少しありました。新規セールスは、いかにお客様を獲得するか、ということがポイントになります。私の場合は、まず自分で「こういう業種なら、提案を聞いてくれるのでは?」と思うリストをつくることから始めましたね。コツコツと積み上げることの好きな私には、向いている仕事でした。でも、一つの区切りとなる6月末に受注という成果を出せず、悔しい気持ちを味わいました。けれど、7月の頭には関係を築いてきたお客様との受注が2件立て続けに入り、気持ちがグンと開けて自信になりました。当時のミッションは、新規のお客様にサービス契約をいただくことだったので、年間で数十社のお取引をいただけた私にとって達成感を感じることのできた1年目だったと思います。


アカウントで、様々な自分の可能性を切り開く。

 そんな私の転機となったのが、2年目でのアカウントへの異動です。アカウントとは、SEOサービスのコンサルティングチームで、当時、中途入社者が大半で男性ばかり。「私に務まるの?」という不安と「新しい挑戦って面白そう」という二つの気持ちを持って着任しました。アカウントのゴールは、お客様のサイトの収益向上やブランディング。課題の特定からはじまり、ゴールを設定しロードマップを引き成果へつなげる。理系で探究心の強い私には、この仕事も面白くてたちまち夢中に。どうしてもクリアできない課題があると先輩を巻き込んで解決策を模索したり。そのうち、中途入社の方への育成を任されるようになり、自分なりの育成方法を確立できるようになりました。そして、いまは組織のことにも興味が湧き、部署内の業務効率化に取り組んでいます。与えられた業務で高いパフォーマンスを発揮していれば、「自分がやりたいこと」をしっかり任せてくれるSpeee。思えば入社した頃は、“自分の可能性”しか語れなかった私が、いまは、みんなの力を伸ばし、組織の課題にまで目が向くようになった。ここで、そんな自分に出会えたのが、誇らしく嬉しい私です。


カルチャーに続く、エンジニアの行動指針をつくる。…エンジニアの力を、引き出す組織をつくりたい。Speeeでなら、それが実現できると思いました。

城前圭毅 2012年入社
いくつかのwebサービス系企業でエンジニアとして、マネージャーとしての経験を積む。そこから、技術だけに詳しい、いわゆる「ギーク型」だけに留まらず、事業やサービス構築にも視野を広げるエンジニアを育てたいと思うように。

エンジニアが活躍しやすい組織ってなんだろう?

 Speeeに参画するきっかけは、私のサーバーサイドに関する技術力が買われたためでした。当時、Speeeは、スマートフォンアプリの内制化に取り組んでいたのです。そこで私は、プロジェクトリーダーとしてインフラ整備から、プログラムの開発、プロダクト運営まで一通りを任され、その技術基盤をつくり上げてきました。そんな私が、本当にSpeeeで実現したかったのは、サービスやシステムの開発だけでなく、有機的なエンジニア組織をつくりたい、ということでした。何社かのWeb系企業で働いた経験から、エンジニアは孤独な作業を強いられやすく、かつ視野が広がりにくい職種であると感じていました。そんな彼らの力を引き出し、さらに活躍してもらうには「組織のつくり方にこそカギがあるのでは?」そんな私の考え方に賛同してくれたのが、ここSpeeeだったのです。そこで、開発部隊の基盤が整った頃から、少しずつ組織づくりの仕事にも力を入れるようになっていきました。


育てたいのは、ユーザー視点を持ち、ビジネスに強いエンジニア。

 取り組みの一つがエンジニア版カルチャーの作成です。これは6つの項目から成り、技術力だけでなく、「ユーザー視点」や「市場環境」、ともに働く「事業企画者への想い」など、エンジニアに必要なスタンスが盛り込まれたもの。もともと、当社にはカルチャーという行動指針がありますが、経営層から「カルチャーは“事業を企画する人”には最適だけど、技術志向のエンジニアの行動指針としては、もっと加味すべき点があるのでは?」という声が。そこで私が中心となり案づくりを行ったのです。この指針は、今は社内のミーティングなど様々なシーンで活用されています。そこに込めたのは、“エンジニアは技術だけでなく、もっと広い視界を持って欲しい“ということ。エンジニアは、どうしてもマニアックになりやすく、何事も「既存技術でできる、できない」に固執しがちです。でも、ここで求めているのは、事業を一緒に創造すること。「どうすれば、できるか」というスタンスを持つことで、より求められるエンジニアになれ、人生も豊かになるはず。私が、Speeeでつくりたいのは、そんなエンジニア集団なのです。


2年目で新規事業のリードエンジニアに。…入社2年目で、リードエンジニアに。夢は、“ひとが喜ぶサービス”をつくること。

森永孝仁 筑波大学情報学群卒 2013年入社 
大学では、3年ですべての単位を取得し、エンジニアとしてベンチャー企業での実践経験を積む。Speee勤務も内定者時代から。複数プロダクトの開発に関わり、7期上半期の新人賞を受賞。

早く責任範囲の大きな仕事を任されたい。

 エンジニアである私が就職でこだわったのは大きく2つだけでした。一つは、早く責任範囲の大きい仕事を任されたいということ。それなら何千人という規模の会社より、少数精鋭の方が早く頭角を現せるだろうと、ベンチャーに目を向けました。もう一つは、コードを書くだけのエンジニアでは終わりたくないということでした。サービス開発や事業企画にもエンジニアとして関わりたい。そんな思いがあったので、代表の大塚の言う、「企画系エンジニア」という言葉がすとんと腹に落ちました。そして、より早く仕事を覚えたいと考えて大学4年の春から内定者として勤務。iOSアプリの開発を経験し、サーバーサイドの技術にもある程度、詳しくなることができました。そして、社員として正式に入社した1年目からはスマートフォンアプリの開発を2つ経験。徐々にディレクションの役割も担うようになり、外部の開発パートナーの方のマネジメントなども任せていただけるようになりました。


エンジニア目線から、プロダクト目線へ。

 2年目から関わっているのが、キュレーションメディアの開発です。目指すのはウィキペディアのように使えて読者自身も情報を発信できるサイト。ここで私はリードエンジニアとして、サービスのあり方から設計、後輩の育成までを任されています。サービス開発の経験はこれが初めてですが、企画チームと一緒に事業のゴールに向かうのは刺激的な体験です。印象深いのは全員の考え方の違い。コンテンツ一つとっても、“継続的に読まれるもの”が良いと言う人もいれば、“シェアされるような記事”が良いと言う人もいる。みなが本気で考えたアイデアを持ち寄り、さらに揉んで目線を一つにするのはまさに新しい体験です。これからサイトが目指すのは、いわゆるメジャーなサイトと呼ばれるような大胆なPV目標の達成です。私としては、絶対にここに到達したいし、エンジニアとしては「サーバーが落ちる、同時接続できない」といった精神的負荷がかかる状況も経験したい。そして、やがてはユーザーが喜んで使ってくれるサービスを形にしてみたい。そんな自分の夢に向かって、いま最短距離で進んでいる実感があります。


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